『クラバート』
- オトフリ−ト・プロイスラ−:作 ヘルベルト・ホルツィング:絵 中村浩三:訳
偕成社 1980年 中学生から
時は18世紀初めの中世、東ドイツ・ラウジッツ地方(ヴェント人)に伝わる「クラバ−ト伝説」をもとに、プロイスラ−が11年の歳月をかけて綴った壮大な長編小説。
「シュヴァルツコルムの水車場に来い。おまえの損にはならぬだろう!」(文中引用)
新年を迎え、ごちそうを用意している農家に門付けをして歩いていた14歳の孤児の少年クラバ−トは、不思議な夢の声に誘われるまま、荒地の水車場に行きます。そこには、声の主である水車場の親方が待ち受けており、水車場の見習いになり、魔法使いの弟子になる運命が待ち受けていた。
11人の先輩職人達と共に過酷な製粉の重労働に耐えながら、三ヶ月後には、週に一度黒いカラスに変身し、親方から魔法の授業を受けます。
しかし、新月の晩になると大親分が現れ夜明けまで働かされたりと、この水車場では奇妙な出来事が次々と起こります。そして水車場の規定に従って過ごしていくうちに、大晦日になると、クラバ−トにやさしくしてくれた職人頭のトンダが殺されてしまうのです。それは、一体誰が、何の為に・・・・・?!
トンダなどという人間は最初からいなかったごとく、二年目の新年が始まり、一年前の自分と同じような新米が現れ、クラバ−トは見習いから正式な職人になる。そして、昨年と同じような日々が繰り返される。やがて、大晦日になると、またもや次の犠牲者が殺される・・・・・。
三年目を迎え、人間としても粉引き職人としても魔法学校の生徒としても大きく成長したクラバ−トは自由を手に入れる為、一人の少女との愛を勝ちとる為、親方との生死を賭けた対決を決心します。
水車場では、自由も逃亡も恋愛も全く許されなかったのです。
物語が佳境を迎えるラスト三分の一に到達するまでは、毎年同じような出来事が起こり、淡々と過ぎていくだけで、なぜそうなるのか、誰が何の為にということが全く分からないし、作者が何を言わんとしているかも分からなくて、とてもイライラした。
しかし、ラスト近く、職人のユ−ロによって今までの謎が解かれると、それまでの疑問や矛盾が一気に放たれ(全てではないが)、クライマックスを迎えるといよいよ話は面白くなっていく。
最初は好奇心もあって、好むと好まざるにかかわらずこの道に進んだが、後には親方の後継者となり楽で結構な生活が保障されるという怪しげな誘惑に巻き込まれた青年が、結局は自分自身の自由への意思と、一人の誠実な友人の助け、一人の娘の死をも覚悟した愛とによって、深く暗い魔法の世界から自分を救うことに成功するのです。
そのことは、「人間は如何に生きるべきか」「人間にとって最も大切なものは何か」という人生の重要な問題を、私たちに投げかけます。そして、物語の結末を迎えることによって、私達自身「ああ、良かった」とホッと胸をなでおろすことができるのです。
クラバ−トは、親方の後継者になるという誘惑に打ち勝つことができたが、他の職人だったらどうだったろうか? 甘い誘惑に弱いというのが人間というものだ。今までに殺された職人たちも、もしかしたら親方の口車に載ったためか、抵抗したために殺されたのかもしれない・・・・・。ともかく、ユ−ロのように馬鹿なふりをするしか、生き残る手立てはないのかもしれないのだ。
人々に語り継がれていた伝説を下地としながら、登場人物を個性豊かに描ききり、キリスト教の三大祭である復活祭・聖霊降臨祭・クリスマスの行事など中世ヨ−ロッパの風習を取り入れ、運命を暗示する夢や奇抜な魔法などを盛り込んだところにも、プロイスラ−の構成のうまさが伺い知れます。
この読後感の何ともいえないあったかさ、やさしさは、この本が児童文学の枠を超え、広い年齢層に支持されている所以ではないでしょうか・・・・・。
又、この本は一度読むだけでなく、二度三度と繰り返し読むことによって、非常に味のある面白い本だと分かる本だと思います。
文責 しろくまちゃん 2003年4月
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