『ザ・ギバ− 記憶を伝える者』
- ロイス・ロ−リ−:著 掛川恭子:訳 講談社 1995年 中学生から
2年前からファンタジ−を読んでいるが、今までは魔法の話や歴史にまつわる話、冒険の類であったが、この本はそのどれとも異質。一言で言うと「こわっ!!」という作品。
やさしい父親、エリ−トの母親、おしゃべりな妹、愉快な友人に囲まれ幸せに暮らすジョ−ナス。このコミュニティ−では、何もかもが規則で守られている。
配偶者は「長老会」の審査で決められ、子どもは「出産母」に任命された女性が産み、生まれた子どもは「養育センタ−」で育てられ、一歳になると家族ユニットに男女1名ずつ与えられる。食事や生活用品は配給制で、12歳になると職業が与えられる。子どもが自立すれば、親は「老人の家」に行き、ある年齢になると「リリ−ス」される。規則を3回破った人も、育ちの悪い子も、双子の片割れも「リリ−ス」されてしまう。
12歳になったジョ−ナスが任命された職業は「記憶を受けつぐ者」。それはコミュニティ−ごとに一人ずつ任命され、「長老会」を凌ぐ権力を持つらしい。
ジョ−ナスは現在の「記憶を受けつぐ者」である「記憶を伝える者」から手を背中に当てることによって、「全人類の記憶」を受け継いでいく。最初は楽しい記憶を、愛を、すでに失われた自然を、そして餓えや苦悩や苦痛、悲しみ、恐怖、やがて戦争体験や壮絶な死を・・・。ジョ−ナスは、その全人類の記憶の重さに押しつぶされそうになる。そして、自分たちが何を奪われていたかも知るようになる。色彩も、痛みや死の苦しみも、喜びも愛も、雨や雪といった気候も、丘などの自然も、伴侶を選ぶ権利、人間としての尊厳も・・・。
記憶と共に感情を取り戻すジョ−ナスだが、一切口外を禁じられている為、家族や友人と共有できずに孤独感を募らせていく。この目覚めていく過程がとてもいい・・・・・。
一見、ユ−トピアに見える近未来社会が、実は、恐ろしく管理され、無味乾燥で、喜怒哀楽さえも抑制され、リリ−スの真の意味さえも知らされていない恐怖の世界だということが、ペ−ジをめくる度にじわじわ伝わってきて、思わず引き込まれていく。この異様で特殊な世界観に呪縛された社会にとても寒気と恐怖感をおぼえる。
けれども、私たち現代社会を見回してみれば、ここまでではないにしろ、少し似たような国があるし、遺伝子操作や出産操作、安楽死など、人間としての尊厳に疑問をもたざるを得ないようなことがあるではないか。この先、人間はどこまでいけば気がすむのか、未来はどうなってしまうのか・・・?(本当に怖いのはどっち・・・)
ラスト、ある真実を知ってしまったが故に、記憶をみんなのものに返すという、ジョ−ナスと年老いた「記憶を伝える者」の反乱が始まる。良くも悪くも、自ら選択する権利を断行する。悲しみに満ちた二人の決断であった。
コミュニティ−脱出、つまり、外の世界へ逃避行するのだが、その結末がいまひとつもの足りない。残された人たちはどうなるのか、ジョ−ナスたちはどうなるのか・・・?
むしろ充分に書かないことによって、読者の想像を膨らませようとしているのかもしれないが。少なくとも、丘の出現や鳥のさえずりから察して、彼らが助かることを願わずにはいられない。
ともあれ、「記憶」というテ−マのこの作品にたじろぎ、衝撃を受けるのは、子どもたちよりも、すでに人生の記憶を深く背負ってしまった私たち大人ではないだろうか。
文責 しろくまちゃん 2002年5月
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